モスキート 仁義なき戦い

LIFE LANDSCAPE

最近とても眠い。それは夜な夜な蚊の大群と闘っているからである。あの耳ざわりな独特の羽音に一晩中悩まされて体中が刺され跡だらけになってしまった。

暑さに弱いオランダ
例年のオランダは夏が涼しいことで知られている。しかし今年は様子が違い、6月に入ってからは連日30°を越える真夏日が続いていた。こんなに早く夏が来るなんて誰も予想していなかった。オランダのほとんどの家にはクーラーがついていない。寒いのには慣れっこだけれど暑さ対策はしてこなかったからか、どこへ行っても暑い暑いという話をしている。
先日、娘が通う学校からも連絡があって、最近は学校がヒートアップしているので、これ以上教室が暑くなったら短時間授業を検討します、ということだった。私は働いていないので迎えに行けるけれど皆がそういうわけではない。娘のクラスには共働き家庭が多く、保護者たちは、もし短時間授業になったら十分なベビーシッターやチャイルドケアを用意できないとか、デジタルが最善の解決策だ、いや私はエッセンシャルワーカーなのだとか、Whats App(ワッツアップ)というチャットアプリの中で熱い議論を交わしており、最終的に学校に講義することになった。大ごとである。

自宅に網戸がないという悲劇
学校関係のイレギュラー対応などでバタバタしているさなか、気温が高い日が続き、熱中症や夏バテにならないようにと窓をあけたとたんに蚊の大群がやってきた。そう、オランダの家には網戸がないのだ。暑いから窓をあける、窓をあければ虫が入ってくる。この単純な仕組みにより、お邪魔しまーすという感じで日々10匹前後の新しい蚊が家の中へ入ってくる。モスキート天国と化した我が家で、蚊に刺された場所を掻きこわし、かゆくて眠れないと泣きながら起きてくる娘。そんな娘を夫がひたすら仕方がないよとなだめている。なにも悪いことをしていないのに一方的に攻撃されて仕方がないなどということがあるものか。

家族の誰も蚊と闘う気はないらしい、これでは寝不足で一家総倒れになるかもしれない。私は使命感に燃えて立ち上がり、翌朝、虫対策グッズを買いにドラッグストアへ走った。店員さんに虫除けスプレーはありますかと聞いたら、「天然アロマティックのシトロネラ入りと、それにディートが入ったものがあるのだけれど、ディート入りのものはソールドアウト。」といわれた。日本では人体に有害ということでディートが入っていないことをうたっている商品が売れていたのに、所変われば品変わるものだ。アロマに限界はあるだろうことを思いながら、シトロネラ入りスプレーを購入した。ちなみにコンセントに差し込んで使うベープマット的なものもソールドアウトだった。みんな考えることは同じなのかもしれない。そしてブロッカーというハンズとホームセンターが入り混じったような店で虫除けラケットとDIY用の網戸ネットを手に入れた。

仁義なき戦いのはじまり
自宅へ戻り、さっそく窓枠に網戸ネットを貼って、シトロネラスプレーをふりかけた。蚊というものは大変賢くて、人と一緒にすーっと家に入って来たりするので、ゼロにはできない。しかし明らかに少なくなっている気がする。おそるおそる夕刻以降に娘のベッドルームのドアノブをまわすと3.4匹と遭遇。とりあえず、このベッドルームだけはなんとしても死守。と強い気持ちで虫除けラケットのグリップを握り直した。部屋にいたすべての蚊を仕留めたとき、仁義なき戦いという映画に出てきた「狙うほうが狙われるほうより強いのだ。」というセリフが頭に浮かんだ。私は蚊を相手に仁義なき戦いをしているのだ。ちなみに虫除けラケットというのは、蝿や蚊など羽虫を撃退するためのもので昨年友人が教えてくれた。スイッチを入れると網目に電流が流れる仕組みになっていて、手でぱちんとやるより命中率が格段に高くなる。自分が虫側だったらと思うとかなり心が痛むのだが背に腹はかえられない。ごめん、むし。

夜間自宅警備員
蚊の襲撃に遭ってから1週間めの夜、娘のベッドルームに平和が訪れた。彼女が眠る2時間前に私は窓やドアなどの出口を閉めて袋小路を作り、私はいつでも蚊に応戦できるようベッドの隣に布団を敷いてスタンバイする。蚊が現れたら自分の気配を消し、すばやく脇に置いた虫除けラケットで仕留めにかかる。自分でも命中率が日に日に高くなっていくのが分かって、ちょっとびっくりしている。

夏のオランダは日が長いため夜の10時半まで明るい。夜中に布団の上で正座をして羽音に耳をすましていると、なんとなくアニメのルパン三世に出てくる石川五右衛門が頭に浮かんだ。ずいぶん愚鈍な五右衛門だけれど。

後日、娘は学校の先生から虫刺されにはしょうがを塗ると良いよと教えてもらったらしく、いまは毎晩、生のしょうがをお守りのように握りしめて寝ている。先進国であるはずのオランダで民間療法の真似事なんてどうかしていると自分に呆れる一方、これは生き延びるための負けられない闘いだとも思う。これから気候変動によりこのようなことは度々起きるに違いない。しかし娘よ、どうか安心して欲しい。あなたは自宅警備員により守られている。