lavender, bike and me
オランダに引っ越してから今日で1年が経ち、ついに悲願のベランダ園芸に着手した。引っ越す前から植物を育てたいと思っていたけれど、この1年は常に自分と家族の対応に手いっぱいで他のなにかをケアする余裕は無かった。
今朝も起きたらいつも通り、真っ暗な空にしとしとと雨が降っていた。とても出かけるのに良さそうな雰囲気ではない。それでも思いきって、以前友人が連れて行ってくれてとても気に入った、月曜日のみ開催している小さなフラワーマーケットへ行くことにした。
朝の8時過ぎに娘を学校へ送り届けてそのまま自転車に乗り、アムステルダムのOOST(ウースト=東)地区からアムステル川沿いをひた走り、マーケットが開かれているユトレヒト通りのほうへ向かった。
学校を出た時は青空だったのが10分後には雨が降り出した。いまや、ひなあられ級の雹(ひょう)が私の顔を打ちつけている。わりと痛い。とにかく雨が弱まるよう祈りながら足を動かし続けた。途中で雨が強くなるたびに、トンネルや開店前の路面店から出ているファサードの下で雨宿りをして、雨雲レーダーが予告していたいちばん強い雨のときはカフェでひと休みをした。着ていたコートは雨水を吸ってずっしり重かったけれど、びしょ濡れにはならずにすんだ。
マーケットに着くと園芸店や八百屋などが軒を並べていた。レインコートを着たりフードを被った人々が、1本ずつ花を選んで自分好みの色合いのブーケを作ったり、入荷したばかりのオリーブ苗の値段交渉などをして、雨にもかかわらず賑わっている。
私もその中に混ざり、ハーブをたくさん扱っているお店でラベンダーの鉢植えをひとつと、オーガニック野菜を扱う八百屋で、いんげんとにんじんとじゃがいもを購入した。
一瞬雨が止んだので家へ帰ろうと自転車のカゴに鉢植えと野菜を固定していたら、隣の女性は自分の背丈よりも高い棒付きのプランターを彼女の自転車にくくりつけていた。その女性に、良いのが見つかったかとオランダ語で聞かれたので、はいとオランダ語で返して自分のラベンダーに目線を送ったあと、英語で(私は込み入った会話はオランダ語で出来ないので)あなたはと尋ねると、キュウリの苗とレモンの木を嬉しそうに見せてくれて、我々はお互いの収穫物を讃えあった。悪天候でも早口早足にならず他人と一期一会のコミュニケーションを取る余裕があって、こういう時にオランダの人は寛容だなと思う。
自転車にラベンダーの苗と野菜が入ったバックパックと自分を乗せて、私はまた休み休み自転車を走らせた。途中で肉屋に寄って薄切り肉を購入し、自宅に着いたのは13時過ぎだった。ラベンダーの鉢をベランダに置き、朝に作っておいたかぼちゃのスープを温めているあいだに濡れた衣服を着替え、パンとスープの昼食を取り洗濯や掃除をしていたら、あっという間に娘を迎えに行く時間になった。
自宅からまた自転車を30分漕いで学校へ向かう。昼過ぎまで降っていた雨がいつのまにか止んでいた。娘とふたりでひとつの自転車に乗って、その日あったことをお喋りしたり歌を歌ったりしながら帰るのはオランダで過ごすなかで最もしあわせな時間のひとつだ。帰宅後は、今日のマーケットと肉屋で購入した食材で肉じゃがを作って娘と食べた。
夕飯のとき、娘にオランダに来て1年経ったよと話したら記念に絵を描いてくれた。絵の中に娘と私がいて、私は花に囲まれてお茶をしていて実際の日常よりだいぶ優雅だった。娘が描いた絵と、我が家のベランダになじみはじめたラベンダーを同時に眺めながらミントティーを飲んで、今日過ごした1日のことを考えた。
今日は自転車に6時間くらい乗って、-雨や風や空や運河といった-自然をたくさん感じた。オランダの家にはじめて植物を迎えられたことはうれしい限りで、自転車とラベンダーのおかげでオランダ生活365日目はいい日だった。また思い出すのは、オランダに来る前に日本で私が育てていた植物たちを引き継いでくれた人たちのことだ。そのひとたちへ感謝の気持ちを持って、明日はラベンダーの植え替えにいそしみたい。