Expat Mr. K
会ったことはないが、オランダに来てから2ヶ月間、とてもお世話になっている人がいる。それは、夫が働いている会社の同僚の方で、アムステルダムに数年駐在ののち、この4月に日本に本帰国した、K氏だ。
彼は、帰国前に、海外生活に必要なもののほぼすべてを夫に遺してくれた。そのおかげで、時間差でそれらを受け取っている私や娘も、初期混乱(誰もが新しい場所でできれば経験したくないが直面する問題だと思う)をかなり免れた。
セレクトが生活に根ざしているという点で、海外駐在生活における、ひとつのロールモデルとなりうるK氏のレガシー(視点)を、リスペクトの念とともにシェアしたい。
家 -home-
家探しは、駐在員にとって重要なミッションである。住居は、仕事のパフォーマンスや休日の充実度、また家族の安心など、あらゆるライフスタイルに影響するからだ。夫は、駐在直後から、会社の同僚かつ先輩であるK氏の家に何度かお邪魔させていただき、その快適な生活スタイルに心動かされたという。
K氏の家は、アムステルダム郊外にある、アムステルフェーンというエリアの中心にあった。快適さを具体的にいうと、大きなスーパーマーケットや日本食材店が徒歩圏内にあって食生活で困りづらい、人々が集まる広場がそばにあるため社会とのつながりを感じやすい、トラムやバスなど交通手段の選択肢が豊富で空港や中心地へのアクセスが容易、ある程度の広さ(100平方メートル以上)があることなどだ。K氏の暮らしぶりに胸打たれた夫は、K氏帰任後に、その空いた家に住まわせてほしいと会社の人事部門に交渉したが、オランダの家賃高騰が激しく、今の赴任者は、数年前の赴任者が住めた条件の家にはもう住めないという状況になっており、交渉は決裂した。
住宅難が続くオランダ
オランダは、移民の増加が止まらず、ここ数年、常に住宅を探すのが困難だ。売り手市場で、良さそうな物件が見つかったら、即決しないと翌日にはだいたい借り手がついてしまう。しかし、家族が遅れて帯同する場合、時差がある日本とのやりとりになるため、どうしても不利になる。
この辺りの事情をよく知っていたK氏は、家探しが難航している夫を心配し、貴重な平日の夜の時間や休日を返上して、我が家の家探しにつきあってくれた。夫は、K氏の車でさまざまなエリアに足を運び、K氏の住まわれていた家に似た条件に絞り込んで家探しをした。光の入り方や間取りなど、自分たちの希望条件を加味して、最終的に、「住んでいる人たちが何となくしあわせそう。」という理由で、現在私たちが住んでいる物件(K氏の家の近所)を契約した。
家は暮らせればどこでもいい、村に住むなどと粋がっていた私だが、いざ引っ越してみると、家族の体調不良に家電が壊れるなど、不測の事態は頻発する。そんな時、立地の良さ、街や住人のあたたかい雰囲気に助けられることが多く、K氏の存在に感謝する日々だ。日本国内にいてももちろんそうだが、外国においては尚更、家は生活の要だと痛感している。
車 -car-
オランダは、車の価格が高い。高速道路は無料だが、駐車場代やガソリンも高く、車を所有すると、維持費がかかる仕組みになっている。中古車を購入するにしても、1.2万ユーロ(2022年6月現時点のレートで約170万円)以上が相場だ。車を持たないという選択肢もあるのだが、緊急時の対応や、子どもの学校・習い事・友人宅への送迎、また家族旅行などを想定すると、やはりあったほうが便利という話になった。我が家は、K氏が所有していた車を、1万ユーロ以下という破格で購入させて貰った。K氏も以前の駐在員から引き継いだ、何代目かの所有者だったらしい。タイミングによるところが大きいかもしれないが、駐在員の出入りは常に一定数あるはずなので、車の購入を検討している場合に帰国者をあたるのは一策だ。
炊飯器 -rice cooker-
オランダに来たからといって、オランダ人家庭のようにパン食中心になりましたという日本人家庭は、恐らく少ない。いつも何食べてますかと日本の方々に聞くと、朝食や昼食、時々夜にもパンが登場していたとしても、普段の夕食は、米食中心という家庭が多い印象だ。赴任当初に、夫は単身でキチネット付きホテルに滞在していたのだが、小麦中心の食事が体に合わず、鍋でお米を炊いて自炊を始めた。しかし、不慣れでうまく炊けずに困っていた。そんな時、K氏が譲ってくれたのが、保温機能付き炊飯器(海外電圧対応タイプ)だ。夫いわく、そこから食生活が、「激変」したらしい。今、その炊飯器を毎日使わせていただいているのだが、ほんとうに美味しく炊ける。変圧器を使って動く日本製のものもあるけれど、動かない場合はお手上げだ。これから外国で暮らすという方には、電化製品の中で、炊飯器だけは海外対応のものを事前に購入されることをおすすめしたい。
K氏の食品ストック
家、車、炊飯器、と比較的大物の話が続いたが、最後に、K氏が実際にストックしていた食品で、帰国の際に我が家にくださった品々を紹介したい。海外生活者のかゆいところに手が届く気の利いたアイテムばかりなので、これから外国で生活される方にも、少しばかりの参考になるかもしれない。
すへてオランダで購入可能だが、可能なら冷凍食品以外は、日本から船便に乗せるのがおすすめだ。※2022.12月に更新
-米
-インスタント味噌汁(生タイプ)
-コーンスープ(粉末)
-アイスコーヒーの素(ポーション)
-無印良品のカレー(レトルト)
-サバ缶
-ちょっとどんぶり味付けの素
-マヨネーズ
-一味唐辛子
-ラー油
-冷凍ウィンナー
-冷凍餃子
現在、我が家では毎日、洗濯機を1回まわすのに2時間、子どもの学校の送迎に往復3時間以上かかっている。これに、お弁当を含めた朝昼晩の食事作りが加わると、意外と時間がない。(私の効率があまりよくないのも一因なのだが)日本で暮らしている時以上に、家事の効率化と、自分自身の瞬間的なリフレッシュが必須となったオランダ生活で、忙しい朝に、ぱっとコーンスープを出せたり、子どもたちと何時間も遊んだあと、夕飯作りに取りかかる合間に、アイスコーヒーポーションでひと息ついたりできることによって、どれだけ助けられているか分からない。
おわりに
我が家は、結果的に、K氏の生活スタイルをほぼ踏襲することになった。「Y君(夫)、これもう、ほぼ俺じゃん。」と笑うK氏に、夫は、「良いものは良いですから。」と返したらしい。夫が働く会社には、ほかにも数名、K氏のレガシーを受け取られた方々がいて、助かるねと噂になったそうだ。誰に対しても、不遜な態度の夫にも寛容な、K氏。懐の深いお方だ。
大きなものから小さなものまで、たくさんのレガシーを残してくださったK氏には、いつかお会いできる機会があったら、ありがとうと伝えたい。私は今日もまた、K氏が残してくれたコーヒースタンプカード(10杯飲むと1杯無料。すでに5ポイント貯まっている)を持ち歩きながら、我々も次なる人々のために、自分たちが去る時はこのように出来たら、と思って暮らしている。