前回のブログに書いた通り、4月の最終週は娘の学校が春休みで、彼女が参加する美術館主催のキャンプ(子供のみが参加する日中ワークショップ)へ送り迎えをするために、片道1時間半かけてマンハッタンへ通っていた。朝7寺半に家を出て最寄り駅を8時頃発車するロングアイランド鉄道に乗り、通勤客で混雑する中央を避けてなるべく端っこのほうの車両の窓から景色が見える席に座る。1時間ちょっと経つと周囲が暗くなり列車が地下に入っていく。すると乗客たちがごそごそと身支度をはじめる。終点のグランドセントラルターミナル駅が近づいているのだ。
プシューという音とともに列車が到着すると人々が足早にプラットフォームに吸い込まれていく。壁には“New York is the last true City(ニューヨークは最後の本物の都市)”と書いてある。初めて来た時は大げさな表現だと思ったけれど、今では納得だ。ニューヨークよりも都市らしい都市は、きっと世界のどこにも見つからないだろう。
平日朝の列車には通勤客が多く、子どもはあまり見かけない。私は人にぶつからないように娘の手を引き、地下から地上へ出るために長いエスカレーターを上がって左へ曲がる。
どんどん歩いていくとダイニングに出る。近年ニューヨークでは話題のお店を集めたフードホールが流行っているらしく街中で見かける。
このフードホールを上がると、グランドセントラルターミナルの大広間が現れる。到着や出発など大勢が行き交う、もっともニューヨークを感じられる場所のひとつだ。
大広間から西のほうへ歩く。地上出口を出ると、そこはマンハッタンの中心だ。
ヴァンダービルドアベニュー
娘と私はこの場所のことを「タカ」と呼んでいる。(後日タカではなくイーグル=ワシだということが判明)こちらはフォトスポットとして人気があるらしく、別の州からやって来た修学旅行生と思しき若者たちがよくセルフィーを撮っている。そして私たちはタカの目の前にあるドトールみたいなカフェに寄る。この店は只者ではない。早めにマンハッタンに着いた日に、パッと入って何か食べてから行こうと思い軽い気持ちでペストリーを頼んだらそれがあまりに美味しかったので3日連続で通った。1時間半前に朝ごはんを食べたはずの娘がサンドウィッチをつかんだまま到底ゆずってくれそうにないので私は玄米茶を飲む。私たちは10分で朝ごはんを終え、店を出る。ちなみにこのカフェは座席が4席しかないので、お客さんは店員さんをチラチラ見ながら、しれっと窓枠みたいなところに座っている。活気あふれる朝のマンハッタンを眺められる特等席だ。
マディソンアベニュー
カフェを出て1ブロック歩くとマディソンアベニューがある。ニューヨークは碁盤の目のようになっており、だいたい1ブロックは徒歩5分だ。ここでバスに乗る。バスに乗るためには非常に便利なOMNY(オムニィ)という電子決済を使う。バスは観光客だけでなくニューヨーカーたちもたくさん利用するようだ。朝から交通渋滞していて42丁目から目的地の80丁目あたりまでいくには30分ほどかかる。ある日、たまたま日本からの旅行客とニューヨーク在住と思われる日本人ガイドが娘と私の真後ろに乗り合わせた。彼らは私たちのことは眼中になかったようで、アメリカの治安や円安について大きな声で話していた。まさか朝のマンハッタンのバスの中でマイナンバーという日本語を何度も耳にするとは思わなかった。仲が良さそうなご夫婦の関西弁の日本語を耳にして、京都や大阪を思い出しているうちに70丁目あたりに差しかかり、あわててSTOPボタンを押して娘と一緒にバスを降りた。
アッパーイーストサイド
バスを降りて、マディソンアベニューから5番街のメトロポリタン美術館へ2ブロックほど、てくてく歩く。セントラルパークの東側に位置するこのエリアは、いわゆるニューヨークの富裕層が住んでいる地域だ。緑が多くコンサバティブな雰囲気が漂い、ひじょうにゆったりと落ち着いている。観光客、ベビーシッター、散歩中の犬と飼い主、おじいちゃん、カップルなどが散歩をしながら朝のひとときを愉しむ様子は不穏な空気など一切ない別世界といった感じで、なんとなく嘘っぽい気がするほどだ。私の性格がひねくれているだけかもしれない。ところで、おばあちゃんよりおじいちゃんが多いというのはマンハッタンの特徴のような気がする。おばあちゃんたちはどこへいったのだろう。家にいるのかもしれない。
ゆっくり10分歩いて目的地へ行く。天気が良い日は列車やバスの到着が早く感じる。家から目的地が遠いと早く着かざるを得ないのは世の常だけれど、天気さえ良ければなんの問題もない。立ち並ぶアパートメントの玄関に立っている紳士的なドアマンたちに挨拶したり、セントラルパークに行って鳥を見て喜んだりしているうちに、あっという間に30分くらい経ってドロップオフの時間になっているのであわてて娘を送り出す。連れ立ってニューヨークを歩く娘と私は、彼女が小さい頃に一緒に観ていたアニメ「おさるのジョージ」に出てくるジョージと黄色い帽子のおじさんみたいだなと思う。さあ街に出よう、ドアを開けて。今日もあたらしいことが始まるよ。どちらがジョージでどちらがおじさんか分からなくなってているけれども、大人の意地としてはやはり、おじさんのほうを目指したい。