Plague, War, and little Lucky Star
しんどい人に容赦なく降りかかる疫病
数日前から体調が良くないと話していた夫から、コロナウィルス陽性と連絡が入った。彼は、2月の初めに日本を発ち、しばらくアムステルダム市内のホテルに滞在していた。3月のはじめに、家族で住むための家を見つけ、ホテルから引越しを終えたばかりだった。
時差ぼけが抜けない中、慣れない土地で仕事をし、新しい人たちと関係性を築き、追加のワクチン※を打つ暇もなく、平日の夜と週末は不動産を何軒もまわり交渉する日々は、気の休まる時間も場所もなかったであろうことを思うと、胸がいたい。
心配していた私に、夫からコメントが届いた。
「不憫だと思わないで。」
そうだ、こういう人だった。
夫は、有事に強い方だ。普段は、音や光が強すぎると眠れないなど、敏感なところがあったりするが、天災や厄災、不測のトラブルなどが起こると、それが難題であればあるほど、怖いほど冷静に次々対処していく性質がある。そして、憐れまれるのを嫌う。
しかし、大丈夫といっても、今回のコロナウィルス罹患はこたえているようにみえた。彼は、発熱で立てなくなったが、住民登録手続きが済んでおらず、PCR検査予約が難航。ようやく予約が取れたものの、タクシーやトラムなどの公共交通機関は利用不可と言われ、通常でも片道30分かかるPCR検査場まで歩いていったらしい。喉の痛みは数日続き、もう1週間以上経つのに、咳が止まらず苦しそうだ。さらに、仕事を早く覚えたいからと、発症から3日後には在宅勤務を開始していた。そんなことでは、よくなるはずもない。
行けるのか 行けないのか
体調不良と聞いたことで、私は、早く現地へ行った方が良いと気がはやったが、事態はあまり良い方向に進まない。戦争だ。
ロシアのウクライナ侵攻により、現在、東京とアムステルダムを繋ぐ、オランダ航空(KLM)の直行便は休止になっている。通常、ヨーロッパは西廻りで行くのだが、現在、ロシア上空は危険で飛べない。そのため、東廻りや、ドバイ経由、トルコ経由などを検討中だが、いまだ10日後に娘と私が乗る予定のフライト予約は取れていない。ウクライナで凍えながら、渦中にいる人々を思えば、不安を持つことすら控えるべきだ。けれど、家族が病気でつらい思いをしている中で、いつ一緒に暮らせるのかと考えてしまうのが実際だった。
手助けを志願する者あらわる
心配ばかり増す私のただならぬ空気を察したのか、娘が、何か手伝いたいと言ってきた。それじゃ夕飯の支度を一緒にやってくれるかなと伝えると、肉じゃがを自分ひとりでつくると言う。あまり私自身に余裕が無かったため、普段なら並んで台所に立つところだが、ダイニングテーブルで見守りつつ、引越しにまつわる紙の仕事を片付けることにした。娘は、いそいそと自分用の包丁とまな板を出している。気がつくと、まな板の上に、カットされたにんじんとじゃがいもが、うず高く積まれていた。
火を入れるところは一緒にやり、調味は分量を伝えて、盛り付けもお願いし、本当にほぼひとりで作った。私は、料理は当たり前に出来た方が良いと思っており、口に出して褒めなかったが、ちょっと感心していた。
子どものための肉じゃが
出来上がった肉じゃがをありがたくいただきながら、いつもよりだいぶ野菜が細かいねとコメントすると、こっちの方が子どもは食べやすいんだよ、今日は、子どもが食べたい肉じゃがをつくってみたと返ってきた。
「そうそう、”あたり”を入れておいたからね。ラッキースター!これが出た人は元気になります。」
?よく見ると、確かに小さな星の形のじゃがいもが入っている。よく煮崩れなかったものだ。見つけるとちょっと嬉しい。ラッキースターは全部で2つあって、娘とひとつずつ、せーので食べた。
元気をくれる ラッキースター
寝る前に、娘が作った料理の写真を夫に送った。現地時間のお昼過ぎにメッセージを受け取った夫から、「ラッキースターかわいいね!ありがとう!元気が出ます。」と、少し明るいコメントが来た。
大人はケンカを終わらせないといけない
その晩、娘は、「一緒に暮らしたら、きっとパパの体の具合もよくなるね。」と言いながら眠った。こんな小さな子どもにもやさしさがあるものを。自分を含め、大人たちは何をしているのかと情けなくなるが、冷静に考えてみれば、夫は体調不良の中、新しい同僚の方々に助けられていて、日本には、彼を心配して、薬や情報を届けてくれる友人や家族がいる。恵まれているのだ。悲観している場合ではない。
もっともっととほしがりすぎず、小さなラッキースターを見つけて、一日を前向きに過ごそう。
明日は、夫の好きなコーヒー豆と、お気に入りの調理器具を航空便の荷物に入れようと思いつつ、布団に潜って目を閉じた。
*夫は日本でワクチンを2回接種していた。