インドのお母さん直伝 スパイスカレーレシピ

CUISINE

Cooking with Indian Mom

7月に入ってからずっと雨続きのオランダ。この時期は夏の北海道に近く、涼しいを通り越して肌寒い日もある。先週から、ところどころに休暇中の貼り紙を出すお店が見えはじめた。サマーホリデーだ。日本の夏はとても暑いという。家族や友人は夏バテなどしていないだろうかと思いながら、最近はインドのお母さんに教わったスパイスカレーをよく作る。

なぜオランダでインドカレーなのか 世界に台頭するインドの力

オランダはヨーロッパのほぼ中央に位置する人口1,700万人ほどの小国だ。隣国のフランスやドイツのように広大で肥沃な土地を持たないため、昔から移民を受け入れ貿易を発展させることで国家を存続させてきた。私見だが、多民族共生による経済基盤で国を支えてきた歴史を持つオランダは欧州版シンガポールといっても過言ではない。そうしたインターナショナルなお国柄を持つ現在のオランダ王国における外国人移民の最大勢力は、今誰がどうみてもインドであり、アムステルダムをはじめ私が住んでいるアムステルダム郊外の街アムステルフェーンにも、インド食材店やインド料理店が軒を連ねている。これは私が25年前にオランダで暮らしていた頃と比べて、最も変わったことのひとつだ。(25年前の最大外国人勢力は日本および日本人だった。)

インドは今年の4月に中国を抜き世界一の人口を持つ国となった。インドから来た夫の同僚は、インド国内は人で溢れかえっているんだぜ?国を出たがっている人は大勢いるんだと話す。実際、我々の住む家の隣人はオランダではなくインドの人々がほとんどだという事実からも、オランダを含めた欧米の先進国を中心に世界中でインド移民の割合が増えているだろうことを実感している。もちろん学校にもインド出身の子どもたちがたくさん通っている。娘がはじめて英語を話したときに褒めてくれたクラスメイトもインドにルーツを持つ子だった。私は娘の繋がりでその子のお母さんと話すようになった。料理が好きだという彼女に、私はカレーが大好物で本場のインドカレーをいちど作ってみたかったのだと言ったら、もしよかったら教えてあげると、先日わたしたちが借りて住んでいる家に自家製のスパイスを持ってカレーをつくりに来てくれた。そのとき彼女が作ってくれたカレーは今まで食べたどんなカレーとも違っていた。目の前でスパイスがはじけて、ひと言で言うと“tangy(タンギー)*”。味が美味しいのはもちろん、何よりも料理をするときの心構えが素晴らしく、見えている世界、生きている世界や価値観が全く違うことを知った。彼女が教えてくれたことを、水野仁輔さんの本を参考にして自分で作りやすくアレンジしたレシピとともに覚え書きとして残しておく。

*tangy=香りが際立ちピリピリと舌を刺激する意味

マター・パニール・マサラ*(パンジャビ風)レシピ

*インドの人はカレーという言葉をあまり使わない。代わりにスパイスを混ぜたものとしてマサラと呼ぶ。今回はマター(グリーンピース)とパニールというチーズを使うのでマター(グリーンピース)・パニール(チーズの名前)・マサラ(スパイスを混ぜたもの)という料理



材料(3人分)
-玉ねぎ 500g 2個くらい
-トマト 250g 3〜4個
-しょうが 50g 1片
-にんにく 20g 1片
-コリアンダー(フレッシュ) 1〜2枝
-パニールチーズ 200g ※カッテージチーズなどで代用可
-クッキングクリーム 50ml ※ah7%VETタイプまたは生クリームで代用可
-冷凍グリーンピース ひとつかみ
-サンフラワー油 ※ほかの油で代用可。インドではピーナツ油を使うことが多い

スパイス 分量はすべて小さじ1程度
-クミンシード
-シナモン
-ローレルの葉
-カルダモンシード
-ターメリックパウダー
-クミンパウダー
-コリアンダーパウダー
-レッドチリパウダー(辛み付け用)
-カシミールチリパウダー(少しの辛みと色付け用)
-フェネグリークの葉
-ローレルパウダー
-ガラムマサラパウダー

作り方
1.玉ねぎ、フレッシュコリアンダー、しょうが、ニンニク、トマトをそれぞれ細かく切る。グリーンピースを茹でておく
2.おたま一杯分のサラダ油をフライパンに入れて火をつけ中火で玉ねぎを炒める
3.玉ねぎに油がまわったら、しょうが、ニンニク、トマト、ターメリックを加え中火で炒め続ける
4.トマトの皮が剥がれるくらいになったら火を止めボウルなどに入れて冷ます★
5.パニールチーズを1.5cm角にカットし、多めの油で揚げ焼きにする。皿にあげておく
6.が冷めたらフードプロセッサーにかける。ドロドロにする
7.鍋に多めの油を入れて火をつけクミン、シナモン、ローリエ、カルダモンを加え弱火でじっくり炒める
8.香りが立ったら★を鍋に加える。ターメリック、クミンパウダー、コリアンダーパウダー、レッドチリ、カシミールチリを順に入れていく
9.香りがふたたび立ったら、ゆでたグリーンピースを加える。水気をできる限り飛ばす
10.水500mlを加えて炒め煮る
11.塩を入れて味をととのえる
12.パニールチーズの4分の1をちぎり入れ、残りをそのまま加える
13.コリアンダーのみじん切り、クッキングクリーム50mlを回しかける
14.ガラムマサラ、ローリエパウダーを手のひらですりつぶしながら入れる
15.煮立たせないように注意しながら、しばらく(5〜10分ほど)混ぜながら弱火で煮たら完成!

水気が飛んで旨みが残った野菜に次々とスパイスが足される
出来上がったマサラ クリームを入れたら沸騰させない

sharing is caring -分けあうことは想いあうこと-

このレシピを教えてくれたインドのお母さんは厳格なヒンドゥー教徒で菜食主義者(ベジタリアン)だ。ヒンドゥーの教えでは、生きているものを食してはならないとのことで、彼女のレシピは肉や魚を一切使わない。
そのような背景を持つ人を自宅へ招き一緒に時間を過ごすことが初めてだった私は、今回2つの失敗をした。ひとつめはデザート。私はマンゴータルトを作っていたのだが、ひと口食べた彼女が「これはもしかしてゼラチンを使っていますか?もしそうならゼラチンは豚からのものなので、私たちは食べられません。」と、かなりはっきりとした口調で私に言ってから彼女のお嬢さんにも食べるのをやめなさいと伝えた。でも、ゼラチンを使いましたと答えながら青ざめている私を見てはっとして、「大丈夫、私たちマンゴーは食べられますよ!」と言いながら美味しそうにタルトの上に乗っているマンゴーを食べてくれた。彼女がとりなしてくれたから良かったものの、彼らにとって好ましくない状況を自分が作ったのだと思うと、どうしてもっと事前にきちんと調べなかったのだろうと冷や汗が止まらなかった。二つめの失敗は冷凍ナンだ。マサラは、ナンやロティ、ライスなど好みのものと合わせるものだと聞いていた私は、事前に冷凍のナンを購入していた。しかし冷凍ナンを見た彼女が明らかに困惑気味だったので、こういったものは普段食べないのかと聞いたら、「私たちはいつもすべて手作りで冷凍のものを使ったことはありません。なぜならアーユルヴェーダの教えでは料理には心が宿るといわれているから。神さまがそう言っています。ナンもロティも朝一番に粉からつくり始めます。ひとつひとつ心を込めて、作るときは必ず良い気持ちでないといけません。」と真剣な表情で話してくれた。いろいろ不愉快な思いをさせていたらごめんなさいと私が言うと彼女は、自分は日本人の家に行くことや、自国の料理を誰かに作って教えることは初めてだったので、どう振るまえば良いか全然わからなかったしミスをすることを心配して今日はずっと緊張していた。でも料理をしていたら楽しくなってきて、こうしてお互いが持っているものを「share=分け合う」ことが出来てとても嬉しかったありがとうと言った。私は彼女に、あなたと料理をすることでインド料理には栄養だけではなく明るさや情熱があって、それらが生きる力を与えてくれると知った、と伝えたら、彼女は微笑んでそっと私の手をとった。

聞けば彼女は、朝・昼・晩の家族の食事作りに1日のほぼすべてを費しているという。我が家はヨーロッパに来てから夫に複数の食物アレルギー症状が出たため普段の食事は和食中心なのだが、材料が揃わない、あるいは揃ってもコストが高いオランダで日本食を作り続けることに疲れを感じはじめていた私は、そのときの彼女の毅然とした言葉と姿勢に、とてもとても救われた気がした。

家族も気に入って、いまや我が家の定番メニューのひとつとなったパニールマサラ。これからも作るたびにきっと、あのときの彼女の穏やかな声とまっすぐな表情を思い出すことだろう。