【ピープルノート】完璧主義の彼女

CULTURE

ニューヨークは多種多様な人が集まる街だ。言葉・宗教・文化や考え方が違う人と話すことで見えてくる別世界がある。いくつかの印象的だった出会いを残しておく。

よく晴れた5月の朝、私は10時から始まるスプリングキャンプに娘を預け終え、MET(メトロポリタン美術館)の団体用入り口から外へ出たところで一人の小柄な女性に話しかけられた。その女性はシェリーニ(仮名)と名乗り、自分の娘もキャンプに参加しているのだと言った。彼女に今日はこれからどうするのと聞かれたので、私はニューヨークに来て3ヶ月ちょっとで土地勘もないし、とりあえず南に向かってマンハッタンを歩いて娘のキャンプが終わる時間にまたここに来るつもりだよと伝えた。「それじゃ良かったら途中まで一緒に歩かない?」と言う彼女に私はぜひそうしようと返した。

私たちは3分くらいでお互いの自己紹介をした。というか、序盤からほぼシェリーニが一人で喋っていた。いつからニューヨークに住んでいるのか、家はどこか、なぜニューヨークにいるのか、どこから来たのかなど、とんでもない早口とハイテンションで矢継ぎ早に質問をマシンガンのように繰り出し、あっという間に私の外面的な条件をほぼ聞き出してしまった。すごいパワーだなあと感心しているばかりでは相手のペースに呑まれそうだったので、少しずつ私も質問していった。彼女はスリランカの出身で、20代からニューヨークのマンハッタンに住んでいること、昔は写真の仕事をしていたことなど。結婚して出産した後はインテリアの勉強をして先週復職することが決まったばかりだという。私が、えーそれはおめでとう!と言うと、とても嬉しそうにありがとう!と笑った。にっこりした時の表情にクラっとした。あまりにきれいに口角が上がったからだ。欧米文化圏、特にアメリカにいると、「スマイル=笑顔」が魅力的な人かどうかを決める指標のひとつであるように感じる。

5番街を80丁目から75丁目くらいまで歩いた時に、シェリーニが「あなたは何が好きなの?」と聞いてきた。私が本とコーヒーが好きだと答えると、「59丁目に素敵な書店があるわ。それから72丁目にいいカフェがあるから行きましょう。」と言って足を早めた。72丁目差し掛かると古い白い建物が現れた。それはラルフローレンのお店だった。

シェリーニに案内されてお店の中へ入ると、洋服やジュエリーが、これ以外の正解はないという精度でディスプレイされていた。彼女は小声で、「美しいでしょう。わたしマンハッタンの中でここが一番好き。これはとってもとってもお高いの。」とネックレスやブレスレットが収まったショーケースを指差しながら早口で喋る。洗いざらしのTシャツにデニムという場違いな格好で来てしまった私は内心ものすごく気後れしていた(シェリーニは全身シャネルだった)。そうして私が天井の高い白亜の空間に見とれているうちに、彼女は併設のカフェでコーヒーを買うためのテイクアウトの列に並んでいた。そして私の名を呼んだ。

「あなたにコーヒーを一杯ご馳走するわ。何がいいか教えて。」

断る隙などなく、私はお礼を言ってカプチーノを頼んだ。シェリーニは財布からポイントカードを出して、2つぶんのコーヒーのポイントを自分に付けて良いかどうかを目配せしたように見えたので、私はうなづくジェスチャーをした。気がついたら私たちは店の外で、シェリーニはカフェラテを、私はカプチーノをそれぞれ手にしていた。そして彼女は言った。

「話せてとても楽しかった。あなたのニューヨークでのこれからが良いものになりますように。それじゃ私は仕事があるし2ブロック先の自宅に戻るから、子どもたちのお迎えの時にまた後でね。ここで本を読んでもいいかも。マンハッタンを楽しんで!」

初めて知り合って30分、流れるような展開だった。

私はカフェのテラス席で10分半ば呆然としたあと、ようやく我に帰った。そしてシェリーニが手渡してくれたカプチーノをぐいぐい飲み、一気にセントラルパークを通り抜けて60丁目あたりまで歩いた。

彼女とはその後5日間、顔を合わせるとおしゃべりをした。いつも彼女は未来の話をしていて、こうありたい、そのためにこれこれをしていると具体的な目標や行動を教えてくれた。相当忙しそうな日々を送っている印象を受けたので、「仕事と子どものことはどうやって頭を切りかえてやっているの?」と聞くと、このような答えが返ってきた。

「切りかえられないわ。常に全てのことを考え続けてるの。
 ほら、私ってパーフェクショニスト(完璧主義者)だから。」

自分で完璧主義者っていう人を初めてみた。と思った瞬間に、シェリーニは「だからすごく落ち込むことが多いのよ。」と続けた。たしかに彼女の話は、達成出来て嬉しかったことと、このレベルまで行きたかったのに到達出来ていなくて悔しいという内容であることが多い気がした。例えば、ネットフリックスの日本のドラマ“The Makanai”が面白いと言った翌日には、日本式のオムライスがうまく作れなくて悲しいというテキストが届いたりする。だいたい毎日何かに挑戦している。気苦労は多かろうが、望みがはっきりしているので叶えた時の喜びは非常に大きいのかもしれない。

娘がワークショップを終えてからやりとりの頻度は少なくなったけれど、今どうして彼女のことをこんなに詳しく書いているのかというと、彼女は私が人生の中で初めて出会った「真のニューヨーカー」だからだ。マンハッタンの良いところのひとつが、時間は限りあるものだと感じさせてくれるところだとすると、シェリーニはそれを日常生活で体現しているような人だった。世界一忙しく変化の大きい街で、より高いところへ行くためにいつでも何かに挑戦する。そういう生き方にふれることは刺激的で胸が高鳴る。自分のことを完璧主義だと言いながらコーヒーのポイントを貯めることにも全力の彼女はとてもチャーミングだった。私もいつか、その時暮らしている土地で、自分より新しく引っ越してきた人と知り合ったら、何かをスマートに一杯ご馳走してみたい。

59丁目にあるシェリーニお気に入りの書店