Canal(カナル)にドボン

LIFE LANDSCAPE

Fall into a canal

先日、私はcanal(運河)に落ちた。自分でもあまり信じたくないが、残念ながら、本当の話だ。

日本は梅雨時季だが、この日のオランダは真夏日ということで、娘の学校の友人家族と、学校が終わったら近所のビーチへ行こうという話になっていた。

道なき道に気をつけろ
私がまだ車の運転ができないため、我が家は基本的に公共の交通手段であるバス・トラム(路面電車)・自転車・徒歩で移動している。その日は、学校が終わり、いったん帰宅したあとに落ちあうことになっていたため、バスでビーチ近くの停留所まで行った。事件が起きたのは、そこからビーチまでの道のりだった。バスを降りて、Googleマップを頼りに待ち合わせ場所まで行こうとするのだが、道がない。うろうろしているうちに、うっかりプライベートエリアに入ってしまった。オランダ人らしき男性が、”Niet!(ネイ), Niet!(ネイ)”と言いながら近づいてきた。ごめんなさい、ビーチに行きたかったんですと言うと、親切に道案内してくれた。

オランダ人男性「ここを真っ直ぐ行って、左折すれば、ビーチに着くよ!」

彼は道なき道を指して、そう言った。見渡す限り、ゴッホの麦畑みたいな風景が広がっている。これを行けというのか? と、不安にかられつつも、お礼を言って、オランダ人男性と別れた。私の目の前には柵があり、一段低い地面があった。何か変だなと思いつつ、娘に自分が先に行くことを告げ、柵を越えた瞬間に、

ドボーーン。


私は、リュックを背負ったまま、運河に落ちた。



ここは運河の国 オランダ
オランダには、canal(カナル)という運河=水路がたくさんある。昔から、運河をはりめぐらして物を運び、貿易で栄えてきた国だ。運河は、そこいらじゅうにあるので、たまに落ちる人がいる。そのため橋にひっかけ棒のようなものが設置してあったり、オランダ人は、小さい頃から顔を上げて泳ぐ水泳法を学ぶ。話には聞いていたが、実際に運河に落ちた人には会ったことがなかった。そんな間抜けはさすがにいないだろうと思っていたら、自分が当事者になってしまった。


真のマッドマスター 誕生
実際は運河だったところを、私は陸だと思って足を踏み入れたため、一瞬何が起きたか分からずパニックになった。しかし、1週間ほど前に、私は、MUD MASTERS(マッドマスターズ)という、泥まみれになるレースに出場していたため、泥水に対して免疫があった。運河に落ちたと気がついたのが先か、体が動いたのが先かは覚えていない。ドボンと落ちて頭まで浸かったあと、浮き上がったタイミングで両手を伸ばして柵をつかみ、岸に這い上がった。

マッドマスターズイメージ

MUD MASTERSのwebサイトへ

なんとか陸に戻った直後の私を見て、娘は小さく悲鳴をあげて後ずさりした。私は全身泥まみれで、体には、ワカメより小さい藻のようなものがたくさんへばりついていたのだ。しかし、いかなるビジュアルであろうと、子どもの前で取り乱してはいけない。我に帰った私は大丈夫と言おうとしたが、口に藻がからまってうまく話せず「ヲー」という奇声にしかならなかった。

真のマッドマスターと化した私に、娘が大泣きしながら近づいてきた。

娘「これは、、これは、、、ママだ!」
彼女は、自分に言い聞かせるように叫んだ。

娘は、ママが、ママが、うえーん。と言いながら泥や葉っぱを取ってくれた。ごめん、娘。

ビーチへ
その後、奇跡的に無事だったスマートフォンで夫に連絡を取り、助けを求めた。車で来てくれるとのことだった。真夏日とはいえ、水に浸かったままの服がへばりつくと寒い。友人家族に、運河に落ちて汚いので行けないと連絡すると、ビーチで待っている、どうしたら会えるかと連絡をくれた。子どもたちは遊びたがっている。私は、だんだん、もう何もかも洗い流そうという気持ちになってきて、娘と2人でビーチへ行くことにした。砂浜で落ち合った友人は、”Do you want a beer? There’s plenty of water here!(ビールはいる?ここにはたくさんの水があるから(洗い流せる)ね!)”と、気遣いとユーモアで迎えてくれた。数十分後、仕事を無理やり切り上げてYシャツのままビーチに現れた夫と、黒のアウトドア用アウター(長袖)の暑苦しい私と、スイムウェアを着て一人だけ場に馴染んでいる娘の3人で、寄せてはかえす波を眺めて帰宅した。長い1日だった。

翌朝の反省
朝起きて、いつものように学校へ行くバスの中。娘が突然、「ママは、”うんがにおちたうし”だ!」と言った。”DE KOE DIE IN HET WATER VIEL(運河に落ちた牛)”とは、オランダで、最もよく読まれている児童書のひとつだ。どこの本屋さんでもたいてい平置きになっている。そうか、私は、マッドマスターではなく、ヘンドリカ(主人公の牛の名前)だったか。どちらにしても、なりたいかと言われたら、そうでもない人が多いに違いない。幸い無事だったけれど、自分が這い上がれてなかったらとか、娘が落ちていたらとか考えると、ひと晩たっても気が重い。それでも、また一歩オランダに踏み込んだかもしれないと気を取り直して、バスを降りた。

DE KOE DIE IN HET WATER VIEL(運河に落ちた牛)” の表紙

“うんがにおちたうし” ポプラ社のwebサイト

皆さんも、オランダを歩く際は、運河にはどうかお気をつけてお過ごしください。

陸地と間違えて落ちた運河 実際の様子